才能のあるあなたへ

独り言の延長線上です

ミスiDを今年で終わらせます。

今日はミスiDカメラテストだった。Twitterで「ミスiD」「ミスiD2018」「カメラテスト」などと検索すると、参加した者たちの感想が見受けられた。

「楽しかったです」「優しくて暖かい空間」「審査員の◯◯さんに会えてよかった」などポジティブな意見が多かった。ネガティヴな意見としても「緊張してたので納得いかない」「全力を出し切れなかった」と言った内容。オーディション自体のマイナスイメージは呟かれていなかった。そんな呟きを見て、少し期待していた自分がいた。審査員に女優としてのわたしを評価してもらえるかもしれないし、わたしのミスiDへの疑問点もいくつか解決するかもしれない。そう思って講談社の中へ入った。

受付を済ませ控え室に入ると、会ったことはないけど見たことがあるような女の子たちの顔があった。みんな可愛らしいワンピースや水着、コスプレをし、綺麗なストレートヘアを直していた。結局動画撮影の時に言う言葉が覚えられなくて緊張していたわたしだったが、あまりにも周りの人たちが緊張していたので、むしろ緊張がほぐれてしまった。スタッフさんにも堂々としてますね、と言われた。これでも緊張しているし、普通の人間なんですよ、と言いたかった。

衣装を二種類まで用意できたので、写真撮影はワンピースと水着を用意して挑んだ。1回目のワンピースではポートレートの経験もあって普通に、何事もなく、あっという間に終わってしまった。ふうん、そんなもんか。そう思っていたら「次は動画撮影の方に向かってください」と言われた。ついに審査員と面と向かって話す時が来た。どんな感じなのだろうか、と不安に思っていたが、自己PRをして、審査員からいくつか質問(今後やりたいことや好きなものについてなど)をされて、終わりという流れだった。わたしの前に動画撮影をしていた3人の時の様子を見て、「質問の内容も柔らかいし、基本小林さんが質問していったら終わる感じだな。そこまで圧迫感はなさそうだ」と率直に思った。

わたしの番が来て、自分で考えてきた短い脚本を読んだ。以上です、と言った後、審査員の顔がなんだか納得のいかない顔をしていた。誰もわたしの演技を求めていないことがわかった。軽い質問が終わった後、「あなたは今年の厄介枠じゃないですか」と言われた。審査員みんながうなづくので驚いた。「え?わたし厄介枠なんですか?」笑いながら聞いたら、一の質問に十答える勢いで審査員がわたしに言った。「 厄介枠だけど中途半端なんですよね、もっと噛み付いていいんですよ。我々叩かれても何ともないですし」「ミスiD好きだけど嫌い〜みたいな。ミスiDに噛み付いてたキャス見ましたよ」「女優で行くのか厄介枠で行くのかはっきりしたほうがいいと思うんですよね。まあ、ある意味期待しているというか。好きな方でいいんですけど」

最後にお情け程度に好きな方でいいとは言っているがこんなもんもっとミスiDに噛み付いてボロクソ言ったほうが面白いよって言ってるようなものだろう。別に厄介枠になりたいわけじゃなかったし、正直に思ったことを言っていただけで、勝手にそっちで盛り上がってくれればいいのになあ、と腹が立った。何より、やっぱりわたしは素で普通に生きていられないんだろうな、と思った。「今(自己PR)納得言ってますか?」「30秒あげるからカメラに向かって言いたいこと言ってよ」とわたしがミスiDに文句を言いたいのに言わなかった流れにされ、軽くパニックになった。そんなことTwitterで、それも仲良い人しかフォローしていないオタクアカウントでしか言ってなかったから。「あと10秒〜」そうカウントする小林さんを殴りたかった。

だからタイトル通り言ってやったのだ。言いながら涙が溢れてしまった。あれは悔し涙だったと思う。わたしが泣きながら言う訴えに審査員は笑っていた。ミスiDの本質を出来れば正統派な感じで、スマートに、暴いてやろうと思っていたのに、わたしという人間の本質を先に見破られてしまった。悔しかった。カメラテストにきてもこいつらを見返すことができない。審査員の思うがまま、大人の思うがままになってしまった。みんなの言う「楽しい」も「暖かい」も微塵も感じられなかった。

そのあと2回目の写真撮影で水着を着て、上に動画撮影の時に着ていたミキティーの生誕Tシャツ(ミキティーのサイン入り)を恥ずかしいので羽織っていたら、「Tシャツのままの方が厄介な感じ出てるし、ミスiDっぽいと思うよ」と言われてしまった。そこからは吹っ切れてしまって飛んで回って中指を立てて、ミスiDのパネルを踏んづけて写真を撮った。こっちの撮影の方がカメラマンさんにも褒められた。才能が開花したね、と。

オーディションの場で審査員ウケなんか全く気にせずに本音で喋れ、なんて審査はどうかしてる。わたしだけかもしれなかったけど。わたしの才能は厄介でいることだと植えつけられ、悔しい思いを抱かせたミスiDは、真面目に生きている少女たちには勿体無い。いかに普通から遠ざけるか。無理に変わったことをしよう、特殊になろう、とプレッシャーを無言でかける。懸命に真剣に生きている女の子たちよ、もっと普通に生きて、普通の幸せを掴んで欲しい。淡い期待は毒になって、全身を蝕むから。もうやめた方がいいんだ。わたしはそう思う。こんな大会は今年で終わらせよう。わたしがやるから大丈夫だよ。自分の可能性を信じてやまない幼気な少女たちよ、どうか報われてください。

わたしは、応援している子はミスiDになってほしくない、という呟きをぼんやり見ていたが、今は共感する。大人の都合のいいおもちゃになる前に。羽ばたいて。抜け出して。

わたしはいつまでもミスiDに反抗心を向けて生きていこう。それが大会として面白いから、という大人の都合が含まれていたとしても、これはわたしが決めたことだから。もう大人を信用するのはやめる。

「炎上させよう」

そう言った審査員を、ミスiDを、炎上させてやる。

カメラテスト

今日になってしまった。

前日にミスiDカメラテストのことを書こうと思っていたが、ぐーたらしていたら日付を跨いでいましたとさ。

まあ簡単に何をするかって言うと自分がなんかよくわからないタイミングで閃いた言葉を綴ったもの(一応テーマの「ぼっちが世界を変える」は取り入れた)をなんかよくわからない感じで披露しようと思う。

ミスiDカメラテストも2日目までが無事終了し、終わった参加者の声がTwitterに溢れていた。涙を流す人も少なくなかったようだ。わたしは泣くなんて卑怯なことはしないけど。

自分の人生を語る者、得意なものを披露する者、色々混ざって真っ黒になったキャンバス。真っ白なセーラー服は黒い軍服へ変わって、花園は戦場になる。

次はわたしだ。

勝ち戦がしたい。

何よりも、もっとできたはず、なんていうしょうもない後悔は絶対にしたくないので今から必死にカメラテストのことを考えてから眠ろう。

緊張していないつもりだったが、さっきから動悸がする。柄にもなく緊張しているんだ。

わたしもまだまだ人間だなあ。

ストレスは自分じゃ気付かない

バスに揺られて、東京に向かっている。

今回は2泊3日。そのうちの1日はミスiDカメラテスト。やることは決まった。それについては前日にでもブログにしようかな、なんて考えている。

今日からミスiD2018のカメラテストが始まる。緊張する、といったつぶやきを多く見受けられる。自分はそんなに緊張をしないタイプなのだが、頭でそう思っているだけで体には「不安」「ストレス」が顕著に現れた。

自律神経失調症の症状の「ふわふわ目眩」がここ二日間ほど続き、バイトにも行けなかった。常に車酔いのような感覚になり、立っていても座っていても寝ていてもふわふわと浮かんでいるような状態だった。元々自律神経失調症の症状は高校の頃からあったので今更この状態に驚くことはなかったが、大体寝れば治ったので、二日間も続いたことには驚きを隠せなかった。

ネットで目眩の原因を調べてみると、メニエール病などの疑いもあったが、ストレスなどの心的要因が強いとあり、何にストレスを感じているのか考えてみた。が、自分では全く思い当たらず、母に聞いてみたら「ミスiDのオーディションが不安なんじゃないの?」とあっさり答えられてしまった。そうなのか、と自分のことなのに他人事のような気分だった。うつ病になるような性格なのでストレスをストレスだと自分では気付かないのかもしれない。まあそれも自分の性格の一つだとして、今後は客観視して自分でストレスに気づけるようにしなければ、と反省した。

これを読んでいるあなたは、自分のストレスを自分で気づけるだろうか?わたしのように体に不調がやってくるまでわからない、というのはなんとも怖い話である。どうか自分をよく見てあげてほしい。そしてストレスを感じたらそれが少しでも解消できるように解決策を考えてほしい。思い切り私信だが。自分なりにストレスを解消する方法を知っておかなければ、潰れてしまう。その前に。

高校の先生が卒業後進路に悩むわたしに言った言葉をあなたにも。

「できるだけ、頑張る。できるだけ、でいい。それ以上は頑張るな。」

都会のかおり

もう何度目かになる東京へ。

今回は東京にある所属事務所のレベルチェック(新人の顔合わせ会のようなもの)で訪れた。

小学校入学と同時に大阪から岐阜へ引っ越してきたわたしは、もはや田舎の暮らししか身についていない。

初めて東京に1人で行ったのは去年の夏で、人の多さと、高いビルにクラクラした記憶がある。都会のかおりは当時のわたしには刺激的すぎた。

それから月に数回のペースで足を運び、だいぶ東京にも慣れ、都会の遊び方を知った。所謂若者たちはこんなにキラキラしたものを日々吸収しているのか、と今でも信じ難い思いでいっぱいだ。

そんなわたしも仕事の都合もあり、上京を考え始めている。どうしても東京での仕事が多い。今のわたしには都合が悪く、オーディションを受けても(理由はそれだけじゃないが)落ちてしまう。夢のためにも東京に住もう!と意気込んで物件を探したり、バイトでお金を稼いだりしてみている。田舎にいるのに、わたしから都会のかおりがほんのり香る。

いつか本物の都会のかおりをまとって、あの東京というギラギラしたステージを歩いてみたい。

今の目の前の小さくて大きな野望である。

表現する側の人間に

この世には二種類の人間がいる

表現する側の人間と、表現される側の人間だ。

それらは主に芸術の場で現れる。わたしにとって芸術は切って切り離せない存在。

絵を描くことから始まり、歌、演劇と趣味や熱中することは芸術に関係するものばかりだった。また、なりたいのは常に表現する側で、作品を見るだけじゃ満足できなかった。

別に芸術一家に育ったわけでもない。むしろわたし以外はみんなスポーツが得意で、芸術にはあまり興味がない。なんだか自分だけが違って見えて、コンプレックスを感じることもあったが、芸術はわたしを裏切らないし見捨てなかった。またわたしも芸術を棄てられなかった。

絵は簡単なものしか描かなくなったから画力はグンと落ちたし、歌だってカラオケの精密採点で最高93点しかとったことがない。自分の表現する場所は演劇なのだと思う。だからと言って優秀な賞をとったことはない。精々県大会レベルだ。でも演劇の才能は信じてやまない。だってこんなにも舞台のわたしは輝いていて、演じているわたしは美しい。まだ自分で納得のいく演技なんかしたことはないけれど、いや、一生かかってもそれは難しいことだろうが、極限まで納得のいく演技をこれからも続けていきたい。わたしの夢は死ぬ前に自分の一生を描いた脚本を作り、演じること。そして死んでから評価されることだ。

ミスiD一次審査通過に対して

ミスiD2018の一次審査を通過した。

約4500人中の約250人に選ばれたらしい。とても光栄なことだと思う。と同時に、何故私が受かったのかを考えてみる。

ツイッターでミスiDと検索するといろんなエントリーした人たちの思いが綴られている。それをわたしは毎日のように見ていた。現在進行形である。ある人は「書類審査通過しました!神様チャンスをくれてありがとう!」と喜びを表し、またある人は「なんで落ちたのかわからない。諦めきれません」と嘆いている。受かった人間と受からなかった人間を比べて、人間らしいと思ったのは受からなかった人たちだし、受からなかった人の方がよっぽどわたしより可愛い。何故わたしが受かったのだろうか?自分なりに考えたがやはりよくわからない。他人のことはわかっても(わかったつもりで本当に他人の心がわかるとはさらさら思ってない)、自分のことはまったくわからないものなのだなあ、と実感した。

さて、ミスiD一次審査を突破したのだが、わたしは以前のブログにも書いた通りミスiDの魅力や本質にそもそも疑問を抱いている。ミスiDを受けた人間は幸せなのだろうか?ミスiDになることで何を得られるのだろうか?気になって仕方がない。それは受けていない人たちも同じのようで、「ミスiDってなに?」と疑問を抱くツイートをたびたび見かける。そう、ミスiDとはいったいどんな人物が得をして、どんな人物に受け入れられるものなのか。外野にいた頃は「サブカルちっくな人が好む大会だろう」と思っていたが、本当にそうなのだろうか?だとしたらわたしは真っ先に落とされていいはずだ。わたしは別にサブカルチャーが好きな人間だとは思わない。どちらかといえばメジャーに活躍したいし、ドラマや映画や舞台に出て活躍したい。趣味も多趣味なだけであってサブカルチャー的な要素はそんなにない。だとしたらわたしの何が所謂「ミスiDっぽい」のだろう。そもそも「ミスiDっぽい」ってなんなのか?新しい人材を発掘するオーディションで「ミスiDっぽい」なんて言ってたらオワコンでは?考えれば考えるほど謎は深まるし、ミスiDに対しての不信感が募るばかりだ。

わたしは決してミスiDになりたいのではない。ミスiDという概念そのものに興味があり、それを紐解きたいだけなのだ。そのためにこのオーディションを利用したいだけであって、本来受けるなら映画のキャストオーディションとかが受けたいのだ。この気持ちに賛同してくれる人は果たしているのかはわからないが、もし応援してくれる人がいるのならそれに応えたいとは思うし、ミスiDを通して女優としての道が確立されるなら願ったり叶ったりな案件だ。とことん利用し尽くしてやろう。そして本質をあぶり出していこう。それがわたしのためであり、ミスiDのためだとわたしは勝手に思っている。

オタクである自分が最も自分らしい

オタク話の続きを。

中学二年生の時、わたしは禁断の愛にハマってしまう。そう、「BL」だ。

(今後ボーイズラブについての話をするので苦手な方はこの先は読まないことをお勧めする)

 

 

わたしがBLにハマったきっかけはなんだったのか、いまいち思い出せない。周りの友達に腐女子がいたことと、その女子たちからBLについて学んだことは覚えている。当時「隠れ腐女子」をさがす合言葉があり、クラスの子に「攻めの反対は?」と言われたことがあった。まだなんの知識もなかったわたしは「え?守り?」と答え、「あー...」と言われたことを鮮明に覚えている。今ならすかさず「受け!」と答えると思うが。

この頃から今に至るまで、辛い時はBLに助けられたと言っても過言ではない。版権ものも商業BLも大好物なので、萌えはそこら中に落ちている。なんて素晴らしい世界なんだ。日本、最高。

なんでも親に話すわたしが、唯一隠しているのが腐女子だということだ。BL本の隠し場所はもうほとんどない。でも幸せなのだ。オタクでよかったなあと最近はつくづく思う。その後またジャニーズのNEWSにハマったり、おそ松さんにハマったり、地下アイドルにハマったりするが、すべてひっくるめてオタクの自分が一番自分らしくいられる。オタクの自分が好きだ。オタクであることは恥ずべきことでは決してないのだ。誇りを持て、日本のオタクたちよ。そう思いながら、今日は大好きな二丁目の魁カウントダウン(推しはミキティー本物)のツイートやPVを見てニヤニヤするとしよう。

嗚呼、オタク人生に悔い無し。