才能のあるあなたへ

独り言の延長線上です

ミスiDの不安定さは一種の魅力なのか?

タイトル通りである。

ミスiDというオーディションを受けた。

去年はうつ病を患って、何か立ち直るきっかけになれば、なんて軽い気持ちで受けた。結果は書類審査落ちだった。わたしにはファンがつくほどの美貌も、あっと目を引く個性もない。去年はなぜかアンチに叩かれ、アカウントを消した。ミスiDなんか受けるからこんなことになったんだと責任転嫁をし、実行委員長である小林司を見返すという目標を作った。

とは言っても、できたことといえば今所属している事務所、アーティストハウスピラミッドに受かったくらいで、それから仕事はもらえてないし、いろんなオーディションを受けても書類審査落ちだったり、面接落ちだったりで結果には結びつかなかった。

それでも去年のわたしより、今年のわたしの方が断然輝いているし、断然可愛くなった。一人で東京へも行けるし、バイトも(すぐ辞めるが)始められた。少しは小林司を見返すきっかけになったのではないだろうか?決定打が欲しくて、今年も懲りずにミスiDにエントリーした。結果は知らないが、受かる受からない以前に、「一次審査に通りました!」と言っている人たちのオーラがなんとなく似ていて、まあなんというか、可もなく不可もなく、というか、挑戦的ではない気がしたのだ。そもそもわたしがミスiDを好きになったのは今まで見つけられなかった女の子たちを発掘するといった、今までにないオーディションのスタイルが気に入ったからだった。ルックスだけではなく、内面の繊細な部分を評価される。ある意味怖いオーディションだが、それが気に入った。だが、現在はどうだろう?現アイドル、元アイドル、AV女優にモデル等...。それは「発掘」と言うのだろうか?また、オーディションの締め切りが過ぎても受け付けが可能だった部分を「こういうオーディションだから」と言い切ってしまうルーズさは、真面目に生きているわたしには受け入れがたい。ミスiD自体の価値が見出せない。これなら何処かのアイドルグループのオーディションでも受けた方が知名度も上がるのではないか?だが、ミスiDにエントリーする人は増加傾向にあるし、支持する人だって多い。もちろんアンチもいるだろうが。ミスiDというオーディションの不安定さがある意味魅力なのだろうか?わたしにはわからない。

これはまた書類審査落ちかもしれないわたしの、書類審査に通った人に向けての嫌味なのかもしれない。実際全くその気がないといえば嘘になる。でもわたしは知りたいのだ。ミスiDの決定的な魅力を。自分自身で経験したいのだ。

わたしはきっと、そのためにミスiDを受けたのだ。それ以上でも以下でもない。

わたしはあなたを見返せているだろうか?わたしは自分らしい生き方ができるだろうか?

ミスiDになることは、わたしにとって何になるというのだろうか?

疑問は尽きない。